代表メッセージ

完遂の旗を掲げて ―不沈の精神と、大地に根ざした想い―

私の仕事の原点は、ビジネス書の中にはありません。それは、自然とともに生き、泥にまみれ、汗を流し、命懸けで家族を守り抜いてきた、ある一族が紡いだ物語についてお話させてください。
私は、東北の寒村に広がる、どこまでも続く田園風景の中で産声をあげました。江戸時代から続く旧家で農家の次男。私の根幹やベースにあるものは、代々受け継がれてきた家族の教訓なのです。

1. 潜水艦の生還者と、祖母の紫煙

私は父と母、そして祖父・祖母と姉と兄、そして曾祖父・曾祖母と一緒に暮らしていました。今から40年以上も前、昭和57年=1982年当時、東北の農村では珍しく共働きの家庭でした。そのため、日中、幼い私の世界を形作っていたのは、祖父と祖母の存在でした。

祖父は、かつて15歳という若さで帝国海軍の志願兵となり、戦火の大海原へ繰り出した男です。彼が乗った潜水艦は敵軍の攻撃を受けて撃沈。暗く冷たい海へ沈みゆく戦艦、数百名いた乗組員のうち奇跡的に生還したのはわずか数名。祖父はその一人だったのです。 幼い私に、祖父は背中と臀部に刻まれた生々しい3か所の銃弾の跡を見せ、「これは勲章だ」と静かに笑いました。生と死が交差する淵を歩き、戦後は国語教師として教壇に立った祖父。その言葉の端々には、「生き延びた者の責任」と、何事も途中で投げ出さない冷徹なまでの誠実さが宿っていました。私は時折、祖父の銃創を思い出します。その度に「どんな絶望の淵に立っても、最後の一歩まで諦めてはいけない」という不屈の精神を思い出すのです。

その傍らで、紫に染めたパーマヘアを揺らし、畑の真ん中で豪快にタバコを吹かしていたのが祖母です。見た目は某天空の城のアニメに登場する空賊の女ボス=ドーラのような力強くパワフルな女性でした。 彼女の人生もまた、壮絶でした。幼くして兄弟を病で亡くし、小学校を出てすぐに家業を継ぎ、事実上の跡取り=当主となりました。ペンを握って勉強する時間もなく、鍬(くわ)を振るうことで家族を守り抜いてきました。字を書くのは苦手でしたが、彼女が土に刻んできた「生きる力」と「周囲への深い愛」は、どんな教科書よりも雄弁に私に語りかけるものがありました。祖母の言葉や態度は、一貫性があり、優しさに満ち溢れ言葉以上の重みがありました。家族を統率し、周囲を慈しむ。彼女が体現していたのは、理屈を超えた「深い愛」と「行動力」でした。

2. 左官職人の「基礎」と、母が守り抜いた「日常」

日曜日の朝だけは、特別な静寂がありました。それは、建設業で週6日、現場に立ち続ける父が家にいる唯一の時間だったからです。幼い私にとっては、普段は話せない父と話すことが出来たり、キャッチボールをしてくれたり、釣りに連れて行ってくれたりする楽しみな日でした。

父は左官屋でした。建物の完成後には人目に触れることのない「基礎」を、黙々と、寸分の狂いもなく塗り固める職人。寡黙な父が発する言葉は少なかったものの、その仕事への向き合い方は徹底していました。東日本大震災の後のことです。父は多くの倒壊した建物を見ながら、「見えないところが一番大事だ。そこが脆ければ、どんな立派な建物も崩れる」。 そうつぶやいた言葉が忘れられません。泥にまみれた作業服と日に焼けた首筋。ごつごつした大きな手。父の力強く、それでいて繊細な手捌きから、私は「プロフェッショナルとしての誠実さ」と「細部へのこだわり」を学びました。震災以降の父は自分の仕事の意義を再確認し、より誇りを持って仕事に携わっていました。

そして母は、JA(農協)に勤務し、地域の人々や農家の方々の暮らしを支えながら、共働きの多忙な日々の中でも私たち兄弟を愛情深く育ててくれました。外では責任ある仕事を全うし、家へ帰れば、家族のために温かい食事を用意する。その献身的な姿は、私にとって「責任」と「感謝」の象徴でした。私も仕事をしていますが、子育てと両立することがいかに難しいことなのかを実感させられます。自分のことは後回して、誰かのために誠心誠意尽くそうとする姿勢。そんな母がいたからこそ、私たち兄弟は当たり前の日常がどれほど尊いものかを知ることができたのです。私がクライアント様と接する時に、いつも思い出すのは母です。役割を理解し家庭では家事・育児のプロとして、外では組織の中での役割を全うしました。プロとしてどうあるべきかという、お手本になっています。

3. 数百年続く家訓に、現代の戦略を乗せて

江戸時代から代々続く旧家である我が家には、数百年の時代を超越した「家訓」がありました。

  • 一、「周りを生かし、自らも生かされること(協力)」。 農業もビジネスも、独りでは成し得ません。他者を活かし、共に汗をかくことで初めて、大きな実りが得られる。
  • 二、「一粒の恵みに、感謝を忘れないこと(謙虚)」。 一粒の米、一回の契約。その背後にある多くの人の想いに頭を下げ、祈る。食べ物も、機会も、決して無駄にしない。
  • 三、「嵐が来る前に、やるべき仕事を完璧に終えること(準備)」 自然の猛威は待ってくれません。嵐が来る前に、やるべきことをすべて「完遂」させる。その準備こそが、命運を分ける。

私は大学から田舎を離れ、上京して経営や会計を学び、営業やマーケティング、広報・ブランディング、IT・DX、そして、コンサルティングといった様々な荒波を潜り抜けてきました。職種が変わっても、私の根底にあるのは、あの寒村で見た「四人の背中」です。

4. あなたのビジネスを支えるパートナーとして

今、私は「Ocean Strategy(オーシャン・ストラテジー)」という名を掲げ、お客様の業務支援に邁進しています。

Oceanは「海」=すべてを生み出し、世界へ繋がる場所。そして祖父のエピソードから。
Strategyは「戦略」=大局的な方向性や計画(何を・なぜやるか)。何かを成すには計画や準備が必須だからです。

潜水艦から生還した祖父の不屈。 大地を耕し続けた祖母の行動力。 見えない基礎を塗り固める父の誇り。 そして、すべてを包み込む母の献身。

これらは、私が提供するコンサルティングや業務支援のすべてに息づいています。 私は、ただの外部アドバイザーではありません。あなたの事業という建物の「基礎」を共に作り、嵐が来る前に「完遂」へと導く、現場主義のパートナーです。

「赤間に頼んで良かった。彼なら、最後までやり遂げてくれる」

その信頼をいただくために、私は今日も、故郷から受け継いだ情熱を胸に、現場へと向かいます。あなたの挑戦を、私に支えさせてください。共に、素晴らしい実りを作り上げましょう!